引き寄せの法則 エイブラハム|香港在住

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受け入れるためには受け入れようとしてはいけない!他の方法がある

受け入れる
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マット・カーン(Matt Kahn)さんいうアメリカ人男性が

受け入れること(acceptance)についてチャネリングした内容をご紹介しますね。

 

マット・カーンさんについては

『思い通りに引き寄せられないときはどうすればいいの?(Part 1)』

『思い通りに引き寄せられないときはどうすればいいの?(Part 2)』

『思い通りに引き寄せられないときはどうすればいいの?(Part 3)』

の中でもご紹介しました。

 

以下がマット・カーンさんが受け入れることについて

セミナーの中でお話された内容です。

 

疑惑が消え去り、喜びが生まれるときの中間にあるプロセスとして

何が起こるのでしょうか。

「受け入れること(acceptance)」という橋渡し的なことが起こると

よく言われています。

しかし、今日私がシェアしたいことは

「受け入れることを一生懸命しようとしても無理だ」ということです。

もちろんそれは「私達は(何かを)受け入れるべきではない」という意味ではありません。

ただ「受け入れることをあなたが果たすべき責任だと思うことは

真実とはかけ離れている」と私は言っているのです。

私達は受け入れることよりも

もっと深いところを見なければなりません。

 

受け入れることができると疑惑が消え去り、喜びが生まれます。

しかし、私達が何かを受け入れるためには

「受け入れる」という言葉にフォーカスしてはいけません。

なぜなら「受け入れる」という言葉は

通常「あなたがもともと嫌いなものを好きになろうとする」

ということを意味するからです。

(笑)

そうでしょう?

何かが起こって、とても腹が立ったときに

「私はこれを受け入れなければならない。」

と自分に言ったとしても、結局は受け入れられませんよね?

 

ここで皆さんにお聞きしたいのですが

なぜ嫌いなものを受け入れる必要があるのでしょうか。

なぜもともと嫌いなものを好きになろうと試みなければならないのでしょうか。

なぜ受け入れられないものを受け入れなければならないのでしょうか。

 

そこにはもっと簡単にできることがあります。

それに気づくために私達は「受け入れる」ということをしようとしていたのです。

 

あなたが何かを受け入れようとしていた理由は

それをしていれば「何かを受け入れられない自分をジャッジするのを避けられるから」です。

そして「受け入れることが難しい状況をジャッジするのも避けられるから」です。

そこには「責める」という要素があります。

つまり、よく観察してみると

私達は、自分の内側あるいは外側に向けて「責めること」を避ける方法として

「受け入れること」を使っています。

しかし、私達は皆「これを受け入れなければならない。」と言ってはいますが

実際にそうしてはいませんよね。

 

「ありのままを受け入れましょう。」という教えを受けても

それはただ「あなたがすべきこと」をまた増やすだけです。

「~しなければならない。」と自分に言うことが増えるだけです。

そして「他人がそうしないとあなたがイライラすること」がまた増えるだけです。

(笑)

そうですよね?

ここでは正直になりましょう。

真実を祝福して受け取っているのですから

ここでは心を最大限に開いて正直に話しましょう。

 

あなたが次にすべきことが「受け入れること」というのは間違っています。

フォーカスするところが間違っているのです。

「受け入れる」という言葉をちょっと横に置いて

もっと関係の深い言葉について話しましょう。

それは「認識する(acknowledge)」という言葉です。

 

起こって来ることは全てあなたが「認識する」ために起こっています。

「受け入れる」という視点からアプローチしてしまうと

良い受け入れ方と正しくない受け入れ方があるということになります。

そして、あなたが正しくない受け入れ方をした場合には

他人を責めるのと同じように自分のことも責めてしまいます。

でも、あなたのフォーカスが「認識する」ということにあれば

全ての経験は、認識されるためだけにそこにあるとわかります。

 

「この人によって私が不公平な扱いを受けていることを

私は認識しています。」

「この人に対して私が反応していることも認識しています。」

「この人に対して反応している自分を

私自身がジャッジしていることも認識しています。」

このように「認識すること」のほうが「受け入れること」よりもずっと簡単です。

「認識すること」は何が起こっているかを

意識的に認知する(recognize、気づく)ことです。

意識的に認知する(気づく)と自分を責める必要がなくなります。

そして、他人を責める必要もなくなります。

 

「受け入れること」の核にあるものは「認識すること」なのです。

そして「認識すること」ができないと「責めること」が起こります。

否定という幻想(夢)、つまり「誰かが正しくて、誰かが正しくない。」

「何かは心地良くて(comfortable)、何かは心地良くない(uncomfortable)。」

「何かは好まれて、何かは嫌われる。」

とエゴが言っている状態から解放されるためには

次のことを知らなければなりません。

「全てのことは大いなる存在(全体の集合、the sum of the whole)が

独特で同等に表現されたものである

ということを認識されるためだけにそこにある(そこに起こっている)。」

エゴはこの事実を否定しようとしているのです。

 

あなたが普段からよく認識している事柄は

「心地良い(comfortable)」とあなたには感じられます。

そして、普段からあまり認識していない事柄は

「心地が悪い(uncomfortable)」と感じられます。

ここであなたは初めて次の真実に気づくかもしれません。

「あなたの意見や好み、抵抗や反応などの裏には

認識しているかどうかによって生み出された心地良さ・悪さがある。」

 

更に、あなたは次の事実に気づくまでは、心地良いものを手に入れようとし

その心地良さを脅かすものは全て突き放そうとする「否定の世界」に住むことになります。

その事実とは「全てのことは、大いなる存在が

独特で同等に表現されたものであると認識されるためだけにそこにある」

ということです。

 

最も絶望的に感じる人間の経験は「隔離・孤独(isolation)」です。

それは認識の欠如だと言えます。

一方で、人間の経験で最も高みに感じられるものは「愛(love)」です。

それは完全に認識している状態にほかなりません。

あなたが認識するものは全て

あなた自身が違う形になっただけのものである

と認識することこそが愛なのです。

肉体を持ったままで純粋な悟りに意識が目覚めるときというのは

そのことに気づいたときです。

するとあなたは

スピリチュアルな道や人生と呼ばれるものは

認識を異なったレベル(度合い)で感じる旅であるだけだと気づきます。

本当に深く見てみると

全ての経験や人間関係の核にはそのことがあるのがわかります。

このことに気づかないと

暖かい心で認識されることを待っているもの(人)を

また避けることになってしまいます。

 

あなたが良くないと思う行為をする人や

あなたがおかしいと思うような行為をする人は

今まで認識を受けずに生きて来たので

「認識されたい!」と心から泣き叫んでいるのです。

だから、いわゆる「犯罪行為」をすることによって

人を支配し、他人の自由を奪い

自分を認識することを他人に強制しているのです。

このように、全てのことは「認識」に集約されます。

 

否定の幻想の中にいるときは

エゴは自分にとって心地の良いことや

心を開いていることだけを認識しようとします。

しかし、条件付きの認識を行うと

自分自身との関係も条件付きのものになってしまいます。

あなたは気づいているかどうかわかりませんが

あなたの人生に起こる全てのことは

あなたの体に、ある感情を運んで来て

あなたがそれを認識するためだけに起こっているのです。

あなたは「この感情がこの自分の体の中で起こっていることを知っています。」

と認識すればいいだけなのです。

「私にはそれを感じる権利があります。」

「この感情は全ての感情と同等で独特のものだと認識されるためだけに

ここにあります。」

と認識すればいいのです。

それについて考えたり、討論したり、身を守ったり、解明したり

それをなくそうとしたり、カッコつけたりしなくてもいいのです。

あなたは「これは認識されるためだけにここに存在している」

と認識すればいいだけです。

あなたがそれを消そうと頑張れば頑張るほど

それは獰猛(どうもう)になってしまいます。

なぜならあなたが消そうとしているものは

「あなた自身が表現されたもの」だからです。

あなたの他の部分と同等なあなたの一部です。

ただ、その部分は

あなたがそのように見られたくないと思っている部分なだけです。

都合の悪いことを言ってすみませんね。」

(皆の笑い)

 

以上で動画は終わっています。

受け入れることを一生懸命する必要はなく

というか、しようとすると責める感情が出て来るので

それをただ認識すればいいという考え方は初めて聞きました。

 

「私はそれが嫌だと思っている。」と認識するのと

「それを嫌だと思ってはいけない。」とジャッジするのは

全く違うことなんですね。

 

「ピーマンは嫌いです。」と言っても

個人的にピーマンに恨みはないですもんね(^o^)/

「私はピーマンが嫌いな人間です。」と言っても

自分を責める気持ちはありませんしね。

それにピーマンが好きな人は

「ピーマンが嫌いな人もいる。」とただその事実を認識すれば

人を責める気持ちは生まれませんよね。

認識するというのはニュートラルな行動なんですね。

 

「今自分は怒っているね。」

と傍観して認識するだけでよくて

「それについて考えたり、討論したり、身を守ったり、解明したり

それをなくそうとしたり、カッコつけたりしなくてもいいのです。」

と言われると楽ですね。

これがエイブラハムが言う「気分の良いことを選ぶ」ということにも

つながっているのだと思います。

 

感情は否定するためにあるのではなくて

ただ認識されるために存在していたんですね。

そして、感情を否定せずに認識すると

全ての存在、つまり自分の全てを否定せずに

認識する(=受け入れる)ことができるのですね。

 

受け入れるというのは

実はもっとニュートラルな行動だったのですね。

何もせずにただ認識すればいいだけですからね。

 

しゃべりすぎてすみません。

個人個人の感じたことが一番大切ですから

皆さんもマット・カーンさんがおっしゃったことを

ご自分なりに消化してみて下さいませ。

今回も最後まで読んで下さって有難うございました。

Name of author

Name: メアリー

10 thoughts on “受け入れるためには受け入れようとしてはいけない!他の方法がある

  • メアリーさん、今回の記事、とても心に響くものでした。
    犯罪や、そうでなくても何か非行行為や、自分を大きく見せたり、目立とうとしたり、そういうのは認識されたいって全身で叫んでいるんですね。
    自分自身、過去のいろいろな自分を振り返って認識されたいって思っていたんだなあって気付いたり、今の自分にとって有難い記事でした。

    認識しているイコール愛に溢れているってことでもあるんですね。
    わたしも受け入れるってことに、努力とか、できない自分を責める気待ちを持ってしまっていたので、今回のお話、目から鱗というか、それでいいんだって思いました。
    素晴らしい記事をありがとうございます!

    Reply
    • メアリー Post author

      りんごさん、お久しぶりです。
      いつも有難うございます。
      認識ってとても大きいテーマですよね。
      誰もが人から認められたいという気持ちはあると思いますし
      特に子供の頃から親に認められて育つことは大切ですよね。
      でも、もちろん私達は周りから認められないことも多いわけですが
      そんなことは気にせず自分のやるべきことをやって
      人のお役に立つのを自分の真の喜びとして行けると自分が一番幸せですよね。

      人はそれぞれ考え方も何もかも違うんだという事実を認識するだけで
      人のことを受け入れられる器の広い人間になれるのはうれしいですね。
      自分もとても楽ですしね。
      今回の内容は日本語に訳すとわかりにくい内容だと思ったのですが
      りんごさんが腑に落として頂けたようで良かったです。
      いつも有難うございます。
      どうぞお元気でお過ごし下さいね!
      どうも有難うございました。

      Reply
  • メアリーさん、こんばんわ!

    暑い~!!!日本ですよ(笑)

    自分の感情を認識して受け入れて行く作業は最初は本当に難しいですよね。

    慣れると楽になるけど・・・受け入れてジャッジしない。。

    っで、じゃ、一体私はどうしたいの?何が欲しいいの?っと自問して、その答えを受け入れてあげる。

    出来るなら、行動に移してみると引き寄せが発生しやすくなる・・・って感じですよね。。

    自分で自分を愛で充たしてあげることが出来ると、依存がなくなり常に幸せでいられますよね

    世の中、色んな人がいて様々な出来事が起こっていますが、やっぱり愛情不足が原因って多いと思います。

    今日はちと、偉そうなコメントになりました(^^;

    里帰り、楽しかったですか?

    メアリーさんは何処にいてもいつも楽しく幸せでいらっしゃる方だと思います(*^^)v

    自分を人生を楽しまれているのでしょうね(^_-)-☆

    素敵な方と何年もこうやって繋がっていられることに心から感謝しています。

    いつも有難うございます。

    Reply
    • メアリー Post author

      エイヴリィさん、またコメント有難うございます。
      毎日暑いですので、くれぐれもご自愛下さいね。
      私はクーラーを発明した人にノーベル賞をあげたい!と毎夏思っています。
      人類の救世主ですね。

      エイヴリィさんのおっしゃるように愛情不足が原因で
      Sourceからかけ離れた行動をしてしまう方々は多いですね。
      でも、愛情不足で育ってもお人様のために愛情溢れる行動を
      なさっている方もたくさんいらっしゃいますよね。
      やはり自分でなんとかできる問題であると知ると
      うれしくもありますよね。

      こちらこそ、エイヴリィさんのような素敵な方と
      何年も繋がっていられることは本当に幸せなことだと思っています。
      いつも有難うございます。
      あ、日本は楽しかったです。
      まあ、日本では美味しいものを食べ、遊んで毎日を過ごしましたから
      楽しいのは当然ですね。
      どこの国でもそういう生活ができれば楽しいですね。
      またそんな思いができる日も来ると夢を持って
      普通の生活に戻っています。
      でも、普通の生活が楽しいことが一番幸せなことですね。
      月曜日でも仕事に行くのが嫌でない生活(仕事には家事などいろんなことを含む)、
      健康な毎日、愛情に溢れた毎日、経済的に不自由しない毎日、
      仕事や自分の役割がある毎日、などなど
      幸せな生活はたくさんありますね。
      そんな生活が送れることに心から感謝して
      当たり前のことは何もないんだと思っていたいと思います。
      エイヴリィさん、いつも有難うございます。

      Reply
  • にしいひであき

    メアリーさん。いつもありがとうございます。
    起きてくることをただみつめる(認識する)。シンプルでとても深いテーマですね。

    わたしは大いなるものと合一であり、どんなときでも大いなるものと共に在り、安心で在る者である。
    この感覚が心身に浸透していなければ取り難いスタンスなのだと感じました。このスタンス(立ち位置)につくために様々な宗教やスピリチュアルの法が生み出されてきたのだと思います。これを解脱というのでしょうか?

    このスタンスから起こした行動は恐怖、不安を原料としていないので、破壊ではなく創造へと向かう道となる。
    このことを意識しながら生きていこうとあらためて思いました。まずは、いつでも感謝することを習慣にしていきます。

    Reply
    • メアリー Post author

      にしいひであきさん、いつも有難うございます。
      にしいひであきさんのおっしゃることは本当に奥が深いですね。
      大いなる存在とひとつでいる安心感、創造へと向かう道、感謝して生きるなど
      ポイントがしっかり押さえられていますね。
      それを毎日実行して行くこと自体がもう幸せですね。
      そういう思いを持つと胸の真ん中あたりに感動の炎というか、熱いものを感じますね。
      いつも素晴らしい気づきを有難うございます!

      Reply
  • にしいひであき

    メアリーさん。いつもありがとうございます。現実の問題と不安を抱えたままで、それでも建設的に生きたいと願い、行動する為に、自分の心を整える手段としてコメントさせていただいています。この場所は自分にとって、有効に機能しています。メアリーさんの記事、コメントされている多くの方の記事から力をいただいています。
    人と人が繋がって形成されている、この世界の成り立ちのなかで、生かされていることに感謝です。

    Reply
    • メアリー Post author

      にしいひであきさん、何度も有難うございます。
      「それでも建設的に生きたい」という部分、心から応援しています。
      こんなささいな場でも有効に利用して頂いていて、本当に感謝しています。
      「人と人が繋がって形成されている」というのは本当ですね。
      どんなときも「生かされている」と感じ、
      人生というのは与えられた尊いギフト(贈り物)であると知っていることは
      素晴らしいことですよね。
      そのようなお心があれば、それに合わせた現実が後からついて来ると思います。
      どうぞご自分を大切になさって、毎日お過ごし下さいませね。

      Reply
  • にしいひであき

    メアリさん。自分にとって都合の悪い状況を突き放すのではなく、無理に受け入れるのでもなく、そのとき感じる負の感情も含めて認識(みつめる?)する。突き放そうとすればするほど、状況はますます獰猛になる。状況は私というものが顕現された姿であるから。

    悪いことが起きてほしくないと願えばますます悪いことが起きてくる。

    調和を顕現するためにできる最善は、分別することなく、自分を愛し、自分を取り巻くすべての状況に感謝すること。私(宇宙、おおいなるもの)がすでに調和した姿であることを認識すること。

    いま起きてしまっていることは私が顕現された姿なのだから、負の感情も含めて認識する。そして自分とすべての物事にありがとうと言葉にだして、今できる最善をつくす。やってみます。

    ダルマが伝えていることはシンプルなのに何千年も続き今も新たなダルマが生み出されている理由がなんとなくわかりました。これは容易ではない。本当は容易であるのに。

    Reply
    • メアリー Post author

      にしいひであきさん、いつも有難うございます。
      全て理解していらっしゃるにしいひであきさんですので、
      この素晴らしい世の中で実践して行くだけですよね。
      体を動かすことと心は連動しているそうなので
      どんどん外の世界に出て行って、自然と触れ合ったり、
      町の人達と触れ合ったり、いろんな方とお話をされたり、
      もちろん一番はご家族の皆様を喜ばせ、お役に立って行かれて下さい。
      人の役に立つことに勝る喜びはないのかもしれませんね。
      どうぞこれからもよろしくお願い致します。

      Reply

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