お金を引き寄せる人は何が違うか?中村咲太さん(宇宙くん)の動画
エイブラハムの言葉より:
「お金という話題は、本当は2つの話題である。
(1)お金、たくさんのお金 と
(2)お金の欠如、お金が十分にない ということ。
よく人々は「私はもっとお金がほしい。」という言葉を言っているから
自分はお金についてポジティブなことを話していると思っている。
(しかし)あなたが話すときに恐れや不快感を感じているときには
あなたはお金のことについて話しているのではない。
あなたはお金が足りないことについて話している。
この違いは大変重要である。
なぜなら最初の「お金」という話題はお金を運んで来るが
次の「お金が足りない」という話題はお金を遠ざけたままにしてしまうからである。」
The subject of money is really two subjects:
(1) money, plenty of money, and
(2) absence of money, not nearly enough money.
Often people assume that because they are speaking the words “I want more money,”
they are speaking positively about money. When you are feeling fear or discomfort as you speak,
you are not speaking of the subject of money, you are speaking of the subject of not enough money.
And the difference is very important,
because the first statement brings money and the second holds it away.
言葉で「もっとお金がほしい。」と言ったときに
たくさんのお金のことを思い浮かべて心がウキウキしているのか
それとも、自分にはお金が足りない、ほしくても手に入らない
というような無力な気持ちを感じているのか
という違いは大変大きいそうですね。
同じ言葉を言っているのに
一人はお金を引き寄せ、もう一人はお金を自分から遠ざけてしまうということが
日常的に起こっているのですね。
エイブラハムは以前にも、宇宙は人間の言葉を聞いているのではなく
波動を聞いている(感じている)と言っていたので
同じ「もっとお金がほしい。」という言葉でも
その意味しているところは、人によって全く違うことがあるのですね。
エイブラハムはアファーメーションをするときに
その言葉によって自分の中でどのような波動が活性化されるか
ということをよく知らないと
鉄砲を逆発射するようなことになりかねないと言っていました。
(詳細は以下の記事でどうぞ。
「私は幸せだ。」と言ったときでさえ
今あまりにも悲惨な状況にいる人がそう言うと
余計にそうではない状態が浮き彫りにされて悲しくなってしまうこともあるので
気をつけないといけませんね。
飛び移ったディスクの回転速度が速すぎると振り落とされるので
今より少し速度の速いディスクへと
徐々に飛び移ることが大切なようですね。
たった今失恋したばかりの人に
「私には素晴らしいパートナーがいて幸せだ。」といきなり言わせるのは
実はとても残酷なことのようですね。
今そうではないということがもっと浮き彫りにされて
余計に大泣きしてしまうかもしれない…(^_^;)
エイブラハムの言葉に次のような言葉があります。
「あなたが何かをほしいと決心すると
その反対のもの・こと・状況なども自分の認識の大きな一部になる。」
Once you’ve decided that you want something,
the opposite of it is going to be very much a part of your awareness too.
人は何かを望むとその反対の状況(コントラスト)についても
以前よりもっと敏感になるそうですね。
以前は気づかなかった反対の面にも
目が行くようになるのですね。
お金がほしいと強く思えば、お金がない状況にもすごく気がつくようになるし
健康を望めば、そうではない状態に対する認識も、もっと鋭敏になりますね。
エイブラハムはコントラスト(望むこととは反対のこと)を悪いものとは捉えておらず
それがあるからこそ自分の望むものがもっとはっきりわかるようになると言っています。
(そんなこともう知ってるって?あ、以前の記事でも何回か書きましたね。)
でも、コントラストがあっても今ここで幸せになれることの理由として
エイブラハムは次のように言っています。
「自分の望むことについてそれが何であるかをしっかりと決めて
そこに自分の注意力を向けなさい。
そして、そう感じる感情の場所(the feeling place)を見つけなさい—
そうすればあなたは即時に(瞬時に)そこにいる。
何についてもそこに行くまでに
あなたが苦しんだりもがいたりする理由は何もない。」
Make a decision of what you want, give your attention there,
find the feeling place of it — and you’re there instantly.
There is no reason for you to suffer or struggle your way to or through anything.
望みが叶ったときの感情を今すぐここで感じれば
確かに苦しむ必要はないですね。
エイブラハムは「豊かになりたい。」と思うのなら
今ここで豊かに感じれば
豊かになるまで苦しむ必要などないと言っているのですね。
エイブラハムは「恋人がほしい!」と言う人に
「恋人と二人で歩いているところを想像して。」と言いました。
そして、その後
「あなたは今その登場人物の一人になっている?」と聞いていました。
そのときに皆が大爆笑しました。
なぜかと言うと、その想像している人は
男女のカップルを外から見ている人になってしまっていたからです。
そのカップルの一人になって、その視点から隣にいる恋人を見て
いっしょに腕を組んで歩いている人ではなかったのですね。
カップルを第三者の視点から見ている人と
カップルの当事者である人とでは
出している波動や感じていることが全く違ってしまうのですね。
ということで、
自分の望むことに向かって旅している旅人は
その途中で苦しむ必要などないように創造されているのですね。
この感情というギフトは、旅路を楽しむためのギフトであって
今すぐ笑えるようになる魔法のギフトだったのですね。
この感情というギフトを大切に、賢明に、上手に使って
幸せは実はいつもここにあるということを覚えていたいですね!
最後に、中村咲太(なかむらしょうた)さん(宇宙くん)の
「お金・豊かさ】無限で豊かな在り方🌟お金や楽しさのエネルギーは末広がり」
という動画を紹介して終わりますね。
今までに聞いたことのないことを教えて頂けて
とても興味深く視聴させて頂きました。
この動画に出会えて良かったです!
関連記事もどうぞ。
『お金・健康・愛情など全ての豊かさを引き寄せる方法:バシャール』
(英語の引用文の著作権はAbraham-Hicks Publicationsにあります。日本語は私が訳しました。)
メアリーさん。ありがとうございます。
わたしが生きる姿として、
身体の働きひとつひとつに心を配って感謝の念を起こすこと。
感謝の念は明るさ、暖かさに醸成されること。
結果として希まざれどもすでに私が満たされていることに気持ちが向かうこと。
その気持ち、思いは、周囲につたわってゆくこと。
私が生きる姿が、だれかの生きるに重なってゆくこと。
明るさのスパイラルを回すことは、
生きるを健やかにする。
生きるを支える血液であるお金は、健やかな生きるのなかで自然と巡り始める。
希求すること、はからいすることなく、
こんな姿で在りたいです、
にしいひであきさん、いつも有難うございます。
おっしゃるように幸せという一つの言葉の中に
精神面も金銭面も健康面も全部入っているのですね。
それらがバランスして上がって行くからこそ
幸せだと感じるのかもしれません。
あまり理屈に走り過ぎないほうがいいということですね。
穏やかにリラックスして、平和な心に満たされていることが
じわじわと感じる幸せなのかもしれません。
その中にはもちろんお金も健康も愛情も含まれているということですね!
メアリーさん。ありがとうございます。
メアリーさんのおっしゃっている
こどものようなすなおさ。
明るさ。
楽しさを、
どんなときも自然に表現できる
心身で在れること。
わたしたちが目指す生きるを在る
姿なのだとおもいます。
その姿は思考しても得られず。
希求しても得られず。
書物を読んでも得られない。
只管(ひたすら)日々感謝の思いを重ねてゆく果てに、醸成されるものだと感じます。
不安や恐怖の渦巻く現実のなかでこの行を続けることは、シンプルなれど、むつかしい。
だからこそ市井に生きることは修行なのですね。
にしいひであきさん、素晴らしいコメントを有難うございます。
おっしゃる通りですね。
明るさ、素直さ、喜び、感謝などは理屈で得られるものではないですね。
感謝できる心を育てて行くのは楽しいプロセスですよね。
だから表現する言葉は何であれ、修行とは楽しいものなのですよね。
豊かな心で感謝をどんどん生み出して行きたいですね!
メアリーさん。
いつもありがとうございます。
わたしは(わたしたちは)、じぶんの力ではどうにもできないと感じてしまう重荷を理不尽に負ってしまった。明るい未来などみえず、終わりもみえない。生きることは恐怖と苦痛でしかなかった。
死んだほうが楽。でも、死ぬときの苦痛も怖くて
自殺はできなかった。生きるしかない。
それでも生きていくしかないと決めたときから学びが始まった。
学んでなにか変わった?
重荷はあいも変わらずそこにある。
けれど変わったものもある。
死にたいとあんまり思わなくなってきた。
いまはそれだけで満点だと思おう。
にしいひであきさん、正直なお気持ちを書いて下さって有難うございます。
以前からそのようなお話は伺っておりましたが
それでもしっかりと生きているお姿、本当に尊敬します。
死にたいとあんまり思わなくなったというのは
本当に大きな変化だと思います。
それは満足という線を越えて、賞賛すべきことだと思います。
にしいひであきさんは本当に強いです。
その心境の変化は必ず外に現れるので
おっしゃるように状況は変わっていなくても
心境を大きく変えることが、全ての鍵だと思います。
まずは、いつも柔らかな笑顔を浮かべているような表情でいると
自分の心も軽くなると思います。
その光のような軽い波動を保つことが
人生への喜び、感謝となって宇宙に伝わるのだと思います。
いつもにしいひであきさんがおっしゃるように
希求しないけど(執着しないけど)
今は穏やかな心を保っていると
なぜか状況は、いつか変わると思います。
それは法則なので、絶対的ですよね。
宇宙ではにしいひであきさんへのギフトで溢れているので
それを許容する(allowする)状態になると
それを遮るものがなくなるので運ばれて来ると思います。
どんな暗闇にも一点の光・希望がありますよね。
その穴がいつか押し開かれて、すごい光が入って来ると思います。
いっしょに頑張りましょう。
頑張るというか、うすら笑顔(気持ち悪いですか?)を浮かべて
許容、許容、邪魔しない、邪魔しない、有難う、有難う、と思って
やって行ってみる価値はありますよね。
そして少しずつ体験して行くと、これは絶対だという確信に変わりますね。
とても小さい体験で恐縮ですが、先日こんなことがありました。
どうしても見つからない大切なものがあって
見つからなかったらどうしようと心臓がドキドキしていました。
泣きそうなぐらい胸が痛くなって来て
「大切だからちゃんとしまっておいたのに
なんでないんだろう…?」と本当に困り果ててしまいました。
自分のものではなく、他人がどうしても必要なもので
その日の夕方までになかったら多くの人が困るというものでした。
午前中探しまくって、もうすぐお昼だったのですが
「こんな心境ではいけない!」と思いました。
そこで、波動を明るく保たないといけないと思って
笑顔になって、心を軽くしました。
柔らかーく、明るーくと自分に言い聞かせて
自分の心の波動を高く保ちながら
部屋の中を端から順番に見て行きました。
自分の視線を移動させて行き
なんとある場所を見たらありました!
そこはちょっと陰になっていたのですが
それまでの暗くて、胸が痛い波動の状態では
全く見えなかったのです。
そこにずっとあったのに、なんで見えなかったのだろうと思いました。
最初の重い波動のときは、全然見えなかったし
それを少し遮っているものもどけようと思いませんでした。
自分の行動も上から降りて来るそうですが
そのインスピレーションを受け取るには
同じ高い波動になる必要がありますね。
それからは、どんなときも深呼吸して、笑顔になって
明るくしていたら、いい状況が来ると実感しました。
反対にそうじゃないと、せっかく用意されているギフトが
見えないし、運ばれて来ないと思いました。
そのパラレルワールドに等しい波動になれば、移動できるようですね。
長く書いてしまいましたが
シンプルに、明るく行きましょう。
笑顔になれるというのも神からのギフトだと思います。
この記事でご紹介した中村咲太さんは
「僕は生きること自体がごほうびだから
何かごほうびをほしいとは思わないんだけれど…」
というようなことをおっしゃっていました。
生きること自体がごほうびだと思う、そんな境地もあるんですね。
すごいですね。
私も笑顔になれること自体がごほうびだと感じています。
いっしょに頑張りましょうね。
いつも有難うございます。
メアリーさん。
読んでいて涙がこぼれました。
ほんとうにみつかってよかったですね。
どんなに平時にこころを整えようとしていても、いざ重大事にみまわれたときは、空白になってこころは暴れだします。その手前で踏みとどまり、こころを戻し、善いかたちを産み出されたこと。
素晴らしいです。
注意深くみていけば、きっと幾たびもこのような救われる体験を重ねているわたしたち。
いや、細胞や常在菌たちの働きを考えれば、意識できずとも、いまここに生きていることこそが、救われ、守られていることの顕れ。
感謝。感謝。ありがとう。すべてのものに、ありがとうございます。
メアリーさん。ありがとうございます。
生きていれば苦痛があります。
理不尽な困難にも出会います。
受苦の闇にとりこまれてしまえば、
その手の中にある光(幸せ)の存在に気づくことができず、自暴自棄となり、
修羅の道を歩むことになります。
光(幸せ)はじぶんの手の中にあるのに。
外になにかを求め、求めても得られず、
苦しい、不幸だ、自分ばかりが、なぜ、どうして、幸せになりたい。なりたい。でもなれない。
なんで。なんで。なんで……
あいつのせいだ。
あいつさえいなければ。
じぶんなんて。
こんなじぶんなんて、もういらない。
こんな世界など、なくなってしまえ。
わたしはなんとか踏みとどまれた。
いま、あらたな道を歩もうと思う。
ありがとうの積み重ねを実践し、穏やかで明るく温かな心情による事象の感覚を磨き、手の中にある光(幸せ)の存在を感得することによって、
在るだけですべて満たされていた。
本来の私というものに帰る道を。
にしいひであきさん、2つも素晴らしいコメントを有難うございます。
お返事が遅くなり申し訳ありません。
にしいひであきさんのコメントを読むと本当に勉強になります。
「細胞や常在菌たちの働きを考えれば、意識できずとも、
いまここに生きていることこそが、救われ、守られていることの顕れ。」
という事実を教えて下さって有難うございます。
そうやって感謝もされないのに一生懸命働いてくれている細胞や常在菌のことを
少しでも思い出せば、文句も言えなくなりますよね。
それどころか感謝ですね。
にしいひであきさんはそれほどまでに感謝の心を忘れないでいらっしゃるので
この先、絶対大丈夫です。
そういう人は必ず幸せになりますね。
今も幸せな心境になっていらっしゃると思いますが
もっともっとそれは高まって行きますね。
感謝の量に比例して人生はうまく行きますね。
私もにしいひであきさんのおっしゃるように
「ありがとうの積み重ねを実践し、
穏やかで明るく温かな心情による事象の感覚を磨き」たいと思います。
いつも本当に有難うございます。
メアリーさん。ありがとうございます。
いま自分のなかに醸成されつつある心の物語は語る相手、場所を選んでしまいます。
なんだか辛気臭い。宗教臭い。胡散臭い。
まだまだ、ほんとうの自分の言葉として身体におとしこめていないのだとおもいます。
実線を積み体験を重ね。いつかほんとうの自分の生きる姿の物語となるように。だれにでも心を開いて語ることのできる物語となるように。精進します。
顔晴ります。
にしいひであきさん、いつも有難うございます。
いつかにしいひであきさんの物語・体験を
他の人にお話しできるといいですね。
今でもたくさんお話いただいていますが
また時間軸が長くなった物語も素敵だと思います。
他人の体験は何よりの学びとなると思います。
一番説得力がありますね。
これからも応援しています!
いつも有難うございます。
メアリーさん。ありがとうございます。
感謝の実践の積み重ねが身体におとしこまれてゆくと、語らずとも自然と顕れてくるものがあるのだとおもいます。
顕れてくるものとは。メアリーさんのおっしゃっている、
笑顔。
楽しさ。
明るさ。
暖かさ。
慈悲。
おもいやり。
すなおさ。
こころ配り。
そして健やかに生きることの勇気。
どんな状況にあっても曇ることなく。
健やかな生きるは血液であるお金も回りだす。
ありがたい。ありがたい。
感謝のスパイラルが回りだす。
そんなじぶんで在りたいです。
顔晴れっ。自分。
自分への鼓舞として、こちらにコメントさせていただいています。そのうえメアリーさんから暖かな応答までいただいている。感謝。感謝。ありがとう。ありがとう。ありがとうございます。
にしいひであきさん、こちらこそ有難うございます。
にしいひであきさんが一生懸命生きている姿を見せて頂けていることに
本当に感謝しています。
このブログをメモ書き代わりに使って頂けたら本当に光栄です。
大したお返事は書けませんが、お返事するだけで喜んで頂けたら
私にとってそれ程うれしいことはありません。
いつも有難うございます。
にしいひであきさんから教えられることは本当に多いです。
感謝しています。
お互いに良い影響を与えて向上して行けるというのは、素晴らしい関係ですね。
にしいひであきさんのコメントを読んでいらっしゃる読者様も同じ思いだと思います。
これからもよろしくお願い致します。
メアリーさん。
いつもありがとうございます。
状況は常に剣刃上の事にあります。
ありがたい。
常に学びの実践の機をいただけているということ。
平常心是道。
無事是貴人。
無位の真人。
真正の見解を得れば殊勝求めずともおのずからきたる。
善を取らず悪を捨てず。
他者に惑わされることなく。
じたばたと、恐怖にかられて他に救いを求め、走り回ることなく。
自らのなかにある真の自分を信じて。
行住坐臥。応機接物。
今、できること。するべきことを、真摯に。
大慈悲の心を起こすことを旨として。
顔晴ります。
にしいひであきさん、いつも有難うございます。
おっしゃる通りだと思います。
常に学びの実践の機を頂けているということを
有難いと思うことは素晴らしいですよね。
それを苦しいと捉えるのも自由ですが、
有難いと捉えるのもまた自由ですよね。
「今、できること。するべきことを、真摯に。」と
これに尽きますね。
そうすれば今は最高の笑顔になれますね。
どうせそれしか今はできないのだから…
そうすれば、先も最高の笑顔になっているのでしょう。
まず今笑顔だからこそ、先も笑顔になれるのですよね。
いつも素晴らしいリマインドを有難うございます。
メアリーさん。
ありがとうございます。
自分の身体の働きに依拠することで、分別に関わらず自分に向けた感謝の念を起こし、大慈悲の心情により自分だけではなくすべての事象への感謝に拡げてゆく概念を想起していました。
けれどいま、この概念も分別に捕らわれていたことに気づきました。
自分の身体がなかったら。
すべての事象がなかったら。
有無。
是非。
善悪。
あらゆる分別に捕らわれることのない感謝の念の想起。
いや、感謝の念の想起すら分別。
気づきについて応えはまだなにも確立されていませんが
気づけたことを善として、
変わることなく感謝と大慈悲の心情を核として、
事象に向き合っていきたいです。
にしいひであきさん、いつも有難うございます。
とても深いことをおっしゃっていて、よくわからない部分もありますが(^_^;)
理由のない感謝などのことをおっしゃっているのかなと思います。
ジャッジすることのない子供のような心になれたら本当に楽ですね。
そして、理由もないのにうれしい、理由もないのに有難い、
というような心情になれると毎日がとても楽しいですね。
大慈悲に囲まれて生きていられる自分は本当に有難いと思います。
実はみんなそうなんですよね。
それを思い出す旅なのかな~
逃れることのできない困難が続き。
満たされた感覚などなにももてず。
常にこころに不安があり。
こんな状況だからこそ
すべてのものに感謝の念を起こしたいと願い。
じぶんの身体の働きに着目し。
その精妙にして神秘なることに感謝の念の発動を依拠してきました。
けれどなにかに依拠することは即分別。あるなしの世界であり、真の感謝の念からは乖くのだと気づきました。あるなし。是非。善悪。分別を超えた無。
無の境地において起こる念。すがすがしい絶対の安心。これこそが真の感謝の念。
産まれた概念を心にとどめ、実践していきたいです。
にしいひであきさん、いつも有難うございます。
「こんな状況だからこそ
すべてのものに感謝の念を起こしたいと願い」
というところ、本当に素晴らしいと思います。
感謝できる状況には見えないときだからこそ
感謝するというのは、ものすごいことですよね。
それができる方は、絶対に大丈夫だと思います。
もちろん何もなくても感謝できることが一番素晴らしいのでしょうが
「どんな人にも感謝できることは必ずある」という前提があるので
それを見つけられるだけでもすごいことですよね。
小さな感謝できることを見つけて行くことは
本当に素晴らしいと思います。
そして、そういう感謝や明るい心の積み重ねが
一番の道しるべだと思います。
その「光」が毎日その人を素晴らしい方向に導いてくれますね。
感謝、喜び、明るさ – これは最強の人生の道しるべ・光ですね!