引き寄せの法則・エイブラハム|香港在住

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セイント・ジャーメイン:愛は行動で示す必要があるのか:引き寄せの法則

鹿

アシャーマリ(Ashamarae)さんというアメリカ人男性がチャネリングしている

セイント・ジャーメイン(Saint Germain)という聖人のスピリットが

「思いやり(care)」「愛を行動で表現する(love in action)」

ということについて話してくれた動画をご紹介します。

(このブログ上で下の動画が見られない場合は

こちらをクリックしてYouTube上でご覧下さい。)

セイント・ジャーメインの言葉の一語一句までは訳しませんが

セイント・ジャーメインが私達に語りかけてくれている形で

その内容をご紹介しますね。

 

動画の冒頭では、セイント・ジャーメインが

アシャーマリ(Ashamarae)さんの奥様などに

「元気かい?調子はどうだね?(How are you doing?)」と尋ねていますね。

 

それではここからがセイント・ジャーメインの言葉です。

 

(カメラ目線であなたに対して)

元気かい?調子はどうだね?

 

私達があなたに「元気かい?」と尋ねるのはなぜかという質問をされるのだが

私達の意図は一つだけだ。

 

あなたへのその質問の中にあるエネルギーは

思いやりのエネルギー(energy of care)なのだ。

私達があなたのことを思っているというエネルギーだ。

 

あなた達が住んでいる世界では多くの人が「元気?」と尋ねるが

その後に「待つ」ということをしない。

エネルギー的にでさえ、少し立ち止まって待つということをしない。

 

彼ら(の心)はそこにいなくて、相手のために使う時間も用意していないから

相手から真実の返答を得ることはできない。

相手のためにそこにいないから

相手も自分の本心から返事をするということはない。

 

もし誰かに「元気?」とか「今日はどんな一日を送っている?」と質問するときには

本当に、心から尋ねなさい。

 

完全に相手のための時間を用意して

相手が本心から真実を言えるようにしなさい。

 

そうすれば、あなたは他人に対して奉仕するという瞬間を

経験することができる。

 

他人に奉仕しているときには、あなたの中のSourceが

今よりもずっと満ちた状態であなたから四方八方に放たれる。

 

私達はあなたに元気かと尋ねることによって

この世界でのあなたの姿につながるということをしている。

 

あなたの人生の流れがどうなっているかということに

私達は関心(care)があるのだ。

あなたの人生の流れがどうなっているのかということを

私達は知りたいのだ。

 

実は、私達がこのような質問をすることによって

—あなたが声に出してそれに答えたかどうかには関係なく—

あなたの中の思いやりや愛を認識する部分が

私達によって触れられる(=感動させられる)のだ。

 

あなたが他人に「元気ですか?調子はどうですか?」

というような質問をするときには

たとえ相手はそれに気づいていなくとも

相手の中にある思いやりや愛を認識する部分が

あなたによって触れられる(感動させられる)のだ。

 

なぜなら、地球上の全ての生物は

自分が気づいているかどうかに関らず

波動(vibration)というものを認識するからだ。

 

そして、地球上の全ての生物は

自分が気づいているかどうかに関らず

愛を認識するのだ。

 

あなたが他人に「元気ですか?調子はどうですか?」と尋ねるときには

彼らのためにそこにいなさい。

 

どんな答えが返って来るかは全くわからない。

相手は「今日は素晴らしい一日を送っているよ。」と言って

その驚くべき素晴らしさをあなたと分かち合ってくれるかもしれない。

 

そしてあなたもそれをいっしょに祝い

彼らの中を流れている素晴らしいエネルギーの中に

あなたも浸ることができるかもしれない。

そしてそのエネルギーは

その後あなたの中を流れることになる。

 

あるいは相手は「今日はとても大変な一日を送っているんです。

とても困難な一日で、今日はひどく気分が悪いんです。」と答えるかもしれない。

 

しかし、あなたはそれを変化させるべく

相手のために愛の空間を用意してあげられる機会を持てるなんて

何て素晴らしいことなのだ!

そのお蔭で相手は、自分の意識を変化させることができる。

 

あなたも知っているように

あなたと相手がその瞬間にその場所で出会ったことは

アクシデント(偶然)ではない。

 

アシャーマリも何度も体験したことであるが

(銀行などの)カウンターに座っている事務員に

「元気ですか。」と尋ねるようにと

私達はアシャーマリに愛を持って促した。

 

思いやりと愛の波動の中で

「元気ですか。今日はどんな一日を送っているんですか。」

という質問をするようにと

私達はアシャーマリを愛情深くサポートした。

 

そして今までに5回以上も事務員は

アシャーマリの後ろにたくさんの人が並んでいる中で

「とても困難な一日を送っているんです。」と答えたのだ。

 

そしてアシャーマリとその事務員は

1、2分のつかの間、お互いに立ち止まったのだ。

そしてそのときのつながりは

本物で、生き生きとしたものだった。

 

そして多くの場合、アシャーマリのすぐ後ろに並んでいた人が

その会話に加わって来たのだよ。

 

そしてもっと後ろに並んでいた人々は

一番前で何が起こっているのかを知りたくて

一生懸命のぞき込んでいた。

 

本物の瞬間(moment of realness)が起こっていたのだ。

 

あなた達の世界では、多くの人が

コミュニケーションの方法を作り上げた。

 

例えば、警官は人々に機械のように話す。

ニュースのアナウンサーは皆、同じ声のトーンで話す。

政府の高官や職員、医者などは皆

真の思いやりや関心というものを取り除くように

訓練されてしまった。

 

実は全ての人がそうだというわけではないが

大部分の人がそうである。

 

食料品店で働いているレジの人が

仕事の一環として「ご機嫌いかがですか。」と尋ねるときには

その挨拶は機械的なものでしかない。

 

あなたはそれに便乗する必要はないのだ。

あなたは自分の心の中に魔法のような瞬間を創り上げられる場所を

見つけることができるのだから。

 

しかし、魔法のような瞬間が起こらない場合もある。

あなたの気持ちを相手に差し出しても

相手は外に向かっては反応を示さないかもしれない。

 

しかし、内面的には相手は感動しているのだ。

相手は内面では「そこに愛がある」ということを認識している。

「私から何かを得たいとは思っていない愛がそこにある。

この人はただ私のことを愛してくれている。

ただ私のことを思ってくれている。」

ということを内面では認識しているのだ。

 

そして、あなたが他人のことを愛したり思いやったりするときには

相手の過去など知る必要はないだろう?

そんなことは関係がない。

 

お腹を空かせた赤ちゃんを抱くとき

あなたはその赤ちゃんの過去を知る必要があるだろうか。

 

その赤ちゃんが過去に何をして、何をしなかったのかということを見て

「この赤ちゃんは、今ミルクを与えるに値する過去を持っているのか。」

などということを考えるかい?

 

答えはもちろんノーだ。

そんなことは考えずに、ただお腹を空かせているから

ミルクを飲ませてあげようと思うだろう?

 

「あなたの意識は、私が与えるものを受け取れるほど

まだ十分に高いレベルまでは成長していない。

あなたの魂はまだ目覚めていない。

あなたの意識はまだ眠っている。」なんてことは言わないだろう?

 

覚えておきなさい。

このニューエイジによく見られる

他人をものさしで計ったり、他人をジャッジしたりする行いは、エゴ(我)である。

 

愛は計ったりはしない。(Love does not measure.)

愛は誰に価値があり、誰に価値がないなどということを決めたりはしない。

 

愛は誰の魂が十分に成長していて、誰の魂が十分に成長していないか

誰の魂のレベルが高くて、誰の魂のレベルが低いかなどということを

判断したりはしない。

 

愛はただ「この私の体(化身)というものを使って

私の本当の姿をもっとよく表現するために

どんな救済法をここで使えるのか。」ということを考える。

 

誰かのことを愛し、思いやるとき

—たとえそれが10秒間だけであってもそんなことは関係ない—

あなたは相手の中にある愛と思いやりを活性化させるのだ。

たとえ相手が気づいていなくてもそうなるのだ。

 

なぜなら彼らは愛の化身だからだ。

彼らは愛が肉体に表現されたもの(具現化されたもの)なのだ。

 

これらの短いふれあいは、すぐに忘れ去られることではある。

相手はそれを覚えてはいないだろう。

 

しかし、この行動の素晴らしさ(glory)

そして、この真実の素晴らしさ

そして、この奉仕の素晴らしさというのは

「あなたが受け取ることができる」というところにあるのだ。

 

それによって、あなたは自分で自分の愛を感じることができる。

そして、あなたの体の全ての細胞の密度がもう少し濃くなる。

そのふれあいの瞬間にあなたの体はもっと健康になるのだ。

 

愛する人よ、このことがわかるかい?

他人を愛し、奉仕することから得られる素晴らしい魔法(秘術、alchemy)には

値段は付けられない。

 

何十億ドルをそれと引き換えにしようとも

それは等しい交換にはならないのだ。

 

それには値段が付けられない。

なぜなら愛を買うことはできないから。

真実の愛を買うことはできないから。

真実の愛は与えられることによってしか得ることができないのだ。

 

あなたの中にある真実の愛を経験したいかい?

もしそうなら、あなたはそれを与えなければならない。

 

そしてあなたのいるこの世界では

行動によってそれを与えなければならない。

行動による愛(love in action)が必要なのだ。

 

あなたの愛を静かな沈黙の状態に保ったままでは

誰にも奉仕することはできない。

それでは誰の役にも立てないのだ。

 

他人はそれ(愛)を聞いたり

あなたの目の中にそれを見たりする必要がある。

行動から愛を感じる必要があるのだ。

 

しかし、だからと言って私達はあなたに

世界を救いに行きなさいと言っているのではない。

 

私達は、あなたの毎日の生活の中で

神と女神が、あなたに本当の自分の姿を表現する機会を

与えてくれているのだよと言っているのだ。

 

そして、そのような機会をあなたが利用すると

あなたはもっとしっかりと「本当の自分」につながることができる。

 

このことは、他人に奉仕したり、他人を愛したり

他人を思いやったりするときの活力を生み出すために大切なことである。

活力 

多くの人は、他人にあげるお金がないとか

ホームレスの人に昼食をおごってあげるお金がないなどと言うかもしれない。

 

しかし、微笑みはただなのだ。

思いやりもただだ。

なぜならそれは波動なのだから。

 

あなたは簡単に誰かのところに行って愛してあげることができる。

そして、愛は全くロマンチックではないものなのだ。

(愛は非常にアンロマンチックなものなのだ。Love is very unromantic.)

ロマンスには高みと低みがある。

しかし、愛の本質というものは純粋で、意図がないものなのだ。

それは「ただある」もので、「そうである状態」なのだ。

 

あなたがそのような波動にいるとき

あなたは全ての創造物にとっての恵みとなる。

全ての創造物があなたから恵みを受け取るのだ。

 

深呼吸をして。

 

ここで終わっています。

こんなに長く読んで下さって有難うございました。

どうぞここからたくさんのことを感じ取って下さいませ。

最後までお付き合い下さって本当に有難うございました。

Name of author

Name: メアリー

6 thoughts on “セイント・ジャーメイン:愛は行動で示す必要があるのか:引き寄せの法則

  • ありがとうございます
    朝一番に読んだメールがこんなに
    素晴らしい温かい文章で
    今日一日を大切に過ごします

    贈り物ですね

    Reply
    • メアリー Post author

      hiroさん、お久しぶりです。
      いつも読んで下さって有難うございます。
      朝のお忙しい時間にこんなに長い文章を読んで下さって有難うございました。

      セイント・ジャーメインの言葉はいつも本当に感動しますよね。
      本当に心を温かくしてくれると思います。
      hiroさんもセイント・ジャーメインと共鳴して、素晴らしい愛の波動に包まれている方だと思います。
      精霊達からの贈り物を受け取りながら進んで行けるのは有難いことですね。
      精霊達が導いてくれることに感謝しています。

      私もhiroさんのように一日一日を大切に過ごしますね。
      朝から本当にどうも有難うございました。

      Reply
  • メアリーさん、今日も素晴らしい内容を有難うございます。

    愛はそれは「ただある」もので、「そうである状態」なのだ。

    素敵ですね。。。

    私は先日100円均一で買った可愛い立体クリスマスカードを少しアレンジして、封筒にも沢山のサンタクロースのシールを貼って、綺麗な記念切手を貼り恩人等に送りましたが、喜んでもらえました。

    値段ではなく、「ありったけの愛」を込めたので、今日のメアリーさんの内容は理解できます。

    ただ、女性は愛情を目に見える形で欲しがる傾向がありますよね。「私を愛しているのなら○○して~!」的な。。

    愛って目に見えないし、感じないとどうしようもないですよね。

    とても深い内容です。

    本日も上記内容を肝に銘じて過ごしたいと思います。
    いつも有難うございます。

    ~メアリーさんも愛に溢れた素敵な師走をお過ごし下さいね~

    Reply
    • メアリー Post author

      エイヴリィさん、いつも本当に有難うございます。
      私も先日クリスマスカードを書きました。
      毎年何時間もかかってカードの中身も宛名も書くのですが、これも愛ですよね。
      メールで出すことも多くなりましたが、やはりカードでというのもいいですよね。
      中に入れる家族4人での写真を撮るのも毎年恒例になっていて、
      でもこれを何十年も出し続けたらそのうち「老けたな~」と思われるかなと心配しています。(^_^;)
      最後には「まだ生きてたの?」と言われるかな。(^o^)

      愛の行動と心が伴うことほど素晴らしいものはありませんよね。
      愛があると自然に愛のある行動というのも導かれるのだと思います。
      エイブラハムはよく「inspired action(導かれた行動、誘導された行動、そういう気になった行動)」と言いますが、
      素晴らしい感情の波動から自然に導かれる行動というのは素晴らしい行動となりますよね。
      そうしたくてしょうがない行動というのでしょうかね。
      愛ってやっぱり表現したくなりますよね。

      エイヴリィさんは、いつも私の幸せを願って下さって本当にお優しいですね。
      有難うございます。
      私もウキウキした師走を送らせて頂きますね。
      ロマンチックなエイヴリィさん、いつも素敵な美しいお言葉を有難うございます。

      Reply
  • メアリーさん、今日も素敵な記事をありがとうございます。

    相手のことを想って心からの言葉をかけるってとても自然なことですけど、

    最近少数派になってきてるかもしれませんね。

    ただマニュアルにあるからとか、礼儀だからとか、決まりだからとか。

    今回の記事で相手に話しかける際はもっと誰に何を話しかけているのかを意識して、

    愛から言葉を発したいですね。

    だって、相手も本当は自分なんですもんね。

    Reply
    • メアリー Post author

      はつねさん、コメント有難うございます。
      相手も本当は自分ってすごくいい言葉ですね。
      相手も自分と同じように大切にできて、自分のことも他人のように客観的に見られたら素晴らしいですよね。
      そうできたら世界が変わるような気がするな〜(^o^)
      自分のことを他人のことのように割り切って客観的に冷静に見られたらすごいことですけど、私には至難の技です・・・(~_~;)
      自分の名前にも異常に反応してしまう・・・

      相手の話を心から聞くというのは、私はお人様に対してはできやすいと思うんですけど、
      家族に対しては意外と適当にしてしまっているときがあります。
      フンフン・・・とか相槌は打っていても、他のことをしながら聞いていると聞いているつもりが聞いていなくて
      「えっ?もう一回言って。」とか失礼なことを平気で言っている自分がいます。
      いけませんね〜(−_−;)
      きっと相手は傷ついたり、腹を立てたり、大切にされていないと感じたりしていますよね。
      これからは気をつけます。
      相手のことを大切に思うというのは、そういうことの積み重ねですよね。
      こういうことができていないで「愛している。」とか言っても信頼してもらえないですしね。
      ごめんなさい・・・(-。-;

      はつねさん、本当にいつも有難うございます。

      Reply

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